皆様こんにちは。あおき行政書士事務所・代表の青木崇史(たかふみ)と申します。

私は、宇土市で育ち、大学卒業後は、平成16年からの約17年間、宇土市役所において環境(廃棄物)・交通安全・法務・子育て等に関する行政実務に携わり、多くの市民の方々と接して参りました。

入庁した平成16年からの3年間は、廃棄物行政に携わり、廃棄物収集運搬業務の許可業務、補助金業務などを中心に担当しまし、廃棄物の不法投棄を防止するため、通常業務時間中はもちろん、時には早朝・夜間においてもパトロールをするなど、地域の廃棄物・環境の維持向上に取り組みました。

平成19年からの3年間は、消防・防災・交通安全・防犯行政に携わりました。交通安全と国民保護を中心として担当し、地域の交通危険箇所へのカーブミラーやガードレールなどの交通安全施設の設置を行うとともに、交通安全協会や交通指導員の皆さんとともに交通安全啓発活動に取り組みました。また、防災・消防業務にも携わり、昼夜を問わず火災が発生した場合は現場へ出動し、台風や大雨等の災害時は庁舎へ泊まり込み、避難所運営や情報収集に当たりました。

平成22年の1年間、熊本市に出向し、法制室(当時)にて勤務し、主に市民生活局や経済局を担当部局として、庁内の法務相談や条例・規則などの例規の制定改廃業務に当たりました。また、当時の熊本市長の施策の一つとして「内部要綱公開事業」があり、それまで内規としていたものを公表することからその内容が適正であるかのチェックをしなければならず、2〜3ヶ月で200程度の内部要綱のチェックをしました。また、熊本駅前にある「森都心プラザ」は熊本市が設置した公の施設ですが、その設置条例の起案を担当することができました。1年間という短い期間でしたが、非常に密度の高いもので、私の法務能力と法務の重要性に対する認識を高める貴重な経験をさせていただきました。

平成23年から平成30年までは、宇土市役所に戻り、総務部署にて、法制・文書管理・情報公開・個人情報保護・人権擁護などを担当しました。特に、法制に関しては、熊本市での経験を活かし、全ての部署の例規の制定改廃に携わりました。また、宇土市は文書管理に関し全国初の条例を制定したことから、他の地方公共団体からの視察もありました。導入2割・維持8割といわれるよう常日頃から庁内全部署の文書管理の取組・レベルを維持することには大変な苦労がありましたが、これの基調な経験となりました。8年間、法制・文書管理・情報公開・個人情報保護に携わったことから、庁内研修の講師を務めるといった経験も重ねることができました。また、平成28年に発生した熊本地震の対応も心に残るところです。4月16日の本震時、地元小学校の体育館を緊急で避難所として開設し、職員3人で待機していたところでした。前震後の緊急招集から引き続きの勤務で、その後も駐車場でのテント勤務、市民体育館での勤務、大量の支援物資の運搬など経験のないことを、公私ともにただ目の前のことに必死に取り組みました。

平成31年(令和元年)と令和2年中途までは、子育て行政に携わりました。この際は、監督職として課内・班内の調整等も業務となりましたが、放課後児童クラブや第2期宇土市子ども・子育て支援事業計画の策定に当たりました。私自身3人の子の親として、それまでの保育園に関わることがありましたが、子育て行政、子育ての現場で起きている問題や、将来的な課題を目の当たりにしました。保育などの現場では様々な問題がありますが、その一つとして保育士の先生や放課後児童支援員の先生の処遇改善があります。幼児教育・保育の無償化のタイミングとして予算の調整がつくと判断し、放課後児童クラブに係る予算獲得を実現できた際は、検討すべき課題が残ったものの、充実した思いを感じることができました。

以上が私の17年間の公務員としての活動と経験ですが、公務員は地域の世話役ともいえますので、宇土地区体育協会の事務局や我が子が通う保育園の後援会長を努めさせていただくなど貴重な経験をさせていただきました。その中で住民の方、事業者の方から、個別具体的なご相談をいただくこともありましたが、ご存知のとおり、行政・公務員は全体の奉仕者として、中立的な立場でなければなりません。したがって、個々について優先的な結果となるようなことを避ける必要があるため、十分なお世話をできないことがありました。せっかく頼っていただいても、自分の中で答えが出ていても回答できないことも多くありました。関係者の利害関係さらには公益に配慮すべき立場であることから、そのような相談に応ずることができず、申し訳ない思いに至ることも少なからずありました。そして、この思いは日に日に大きなものとなりました。

市役所退職に当たり、多くの方から「もったいない」という言葉をいただきました。たしかに、あのまま公務員として市役所に在職すれば将来的には市幹部として、市政の中心に近いところで業務に当たっていたかもしれません。しかし、そのためには、目の前にいる具体的に困っている、相談してくる人に答えられない状況が続くと思い、退職と士業開業の決断をしました。

立場は変わりますが、地域を思う気持ちに変わりはありません。今後は、これまでの経験を活かし、地域の皆様と役所の架け橋として、皆様お一人お一人の「あなた」のお役に立てるよう励んでまいりますので、何卒宜しくお願いします。

 令和2年8月吉日 あおき行政書士事務所

 代表行政書士 青木 崇史